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【おいしさイナズマ級!】ブラックサンダーが売れた衝撃の理由

1994年の販売以来、たくさんの人に愛されているブラックサンダー。しかし、初めから売れていたわけではありません。売れるまでには多くの奇跡があったのです。今回は、ブラックサンダーが売れるようになった理由を一緒に学びましょう!

わずか2年で生産終了!?危機を救ったのは九州の営業担当者

1994年、愛知県豊橋工場でブラックサンダーが誕生しました。しかし翌年、販売不振のため一時生産終了してしまいます。ここで再販へと動いたのが九州の営業担当者。九州地区の一部店舗では人気があったため、会社へ直談判します。「そこまでいうなら、残ってる包装紙の分だけ…」とエリア限定で再販が決定。徐々に口コミで広まり、生産が続けられることになりました。

初代パッケージ。なんとアルファベットです。

大学生協の「ひとことカード」がブームの火付け役に!

2005年、東京農工大学生協に勤務していた白石昌則さんが利用者アンケート用紙「ひとことカード」に書かれた要望や質問に対する回答が話題となり、「生協の白石さん」が出版されました。出版から数か月後、当時の学生が運営するブログ「がんばれ、生協の白石さん!」にて下記の質問が掲載されました。

Q.ブラックサンダーが大好きなので早く再入荷して下さい。あと、パッケージにある「若い女性に大人気!」は、本当なのでしょうか?(すねーく)

A.ブラックサンダー、11/30に入荷しました。切らしてしまって、申し訳ございません。パッケージ、正しくは「若い女性に大ヒット中」でした。“ブラックサンダー”の商品名の下に「黒い雷神」と訳されているあたり、なかなか細かな気配りが見受けられます。女性の心にも稲妻が走るというものです。(白石)

http://shiraishi.seesaa.net/article/11996704.html

ちょうど書籍が出版されて間もないころ。広く話題となっている中でのブログ掲載という事で、ブラックサンダーも脚光をあびることになったのです。それからブラックサンダーは様々な場面で取り上げられるようになります。

「若い女性に大ヒット中」と書かれたのは、この三代目のパッケージから。

内村航平選手の勝負食として話題に!一時は品切れも

2008年、北京オリンピックで銀メダルを二個獲得した内村航平選手がブラックサンダーを大好きだと公言。40個ほど持ち込み、「勝負食」として競技前に食べていたそうです。このことがメディアで大きく取り上げられ、爆発的なヒットに。なんと年間販売個数4500万個突破、翌年には1億個を突破しました。

2012年のロンドンオリンピックで金メダルを獲得した内村選手が母親に花束を投げると、母親はブラックサンダーを渡しました。

CHOCO BAR として海外へ

これまで、ほとんどの製品を日本国内で販売してきたブラックサンダーですが、日本の国民食として海外への進出も目指しています。2017年にはシンガポールと台湾に現地企業との合併会社を立て続けに設立しました。今後は、台湾での販売強化、インドネシアの現地工場での生産に取り組んでいくそうです。

ちなみに元内閣総理大臣安倍晋三さんも無類のブラックサンダー好きで知られています。

まとめ

いまでは大人気のチョコレート菓子ブラックサンダーですが、紆余曲折を経て人気を獲得していったのですね。子供から大人までたくさんの人に愛されているブラックサンダー。これからの成長がとても楽しみです。

私はブラックサンダーあん巻きが好きです。
豊橋限定なのでお土産にもオススメ。

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