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不死川玄弥・過去向き合い戦い続けた男

不死川、物騒な呼称だが、実は現実にも同じ苗字が存在する。元をたどれば大阪から奈良にかけて流れる川・東除川の別名しなず川と言われている。ちなみに同地にある寺・明教寺は浄土真宗を教えとしている。そう、彼と彼の師が唱える「南無阿弥陀仏」から始まる念仏がそれに類している。

玄、これは「くろ」とも呼ぶように、白いものを黒く染色するという意味合いが含まれている。彼が身に纏う黒を基調とした衣装・後に述べるが敵の力に「染まる」こと。意外と考えさせられることも多い。

不死川玄弥、メインキャラの中で唯一全集中の呼吸が使えず、鬼やその一部を「食らう」ことで一時的に鬼の力を使う異端の少年。そのキャラクターの実態は、サブキャラで終わってしまうにはあまりにも惜しい(この点に関しては鬼滅サブキャラのほとんどに言えることではある。筆者的には村田さんとか某サイコロステーキ先輩などもかなり愛おしい)

彼のキャラクター性を見るに思うことは、彼の思考・価値観・展開に対するベクトルの向き方など・・はそのほとんどが「過去」に向けられている。この個性は鬼滅キャラクターの中でも特に際立っていると感じる。鬼になりかけた妹を救うため、鬼に殺された家族の仇を討つため、鬼から誰かを守るため、多くのキャラクターが過去を礎にして前に進もうとしている生き方をしているのに対し、彼の在り方は徹底して「自身の過去に向きあう」ことに収束している。ように見える。

彼の生い立ちが幼少のころまでさかのぼる。彼は母親と彼の兄…後に『風柱』と呼ばれる男・不死川実弥… と七人で暮らしていた。父親は家族に暴力をふるうろくでもない男だったが、人に恨まれて刺されて死んだ。その折に兄からは「これからは俺とお前でお袋と弟たちを守るんだ。いいか?」と言われ「これからは、じゃなくてこれから”も”だよな」と返している。

だがある日、母が夜が更けても仕事から帰って来なかった。母を探しに家を出る実弥。玄弥は兄妹たちと家で帰りを待つことになるが、突如何者かが家に現れ襲われる。暗闇のなか何が起こっているか知る由もない玄弥だったが、そんななか家に帰ってきた実弥が現れ何者かを外へ引きずり出す。彼を追って外へ出た玄弥が目にしたのは、血にまみれた兄と、鬼と化した母親の亡骸だった。家族を襲ったのは、玄弥たちの母親だったのだ。そのことを頭では理解していた玄弥だったが、突然のことで動転した彼にそれをまともに考えることなどできなかった。

「何でだよ!何でだよ!何で母ちゃんを殺したんだよ!うわあああああ!――人殺し‼人殺し!!」

この一夜の出来事は、彼ら兄弟の今後の運命を大きく変えることとなる。

時は流れ、鬼殺隊の“風柱”とよばれることとなった兄・実弥。その兄にかつての言葉を詫びるため、玄弥もまた後を追うように鬼殺隊に入隊することになる。全集中の呼吸が使えないという致命的な欠点を抱えながらも、同じく鬼殺隊の”岩柱”こと悲鳴嶼行冥の継子となる。のちに兄との邂逅は果たすことになるが、兄からは冷たくあしらわれるばかりか「鬼殺隊などやめてしまえ」と突き放されてしまう。このことについて玄弥はいたくショックを受けたが、のちに兄を悪く言った善逸を殴りつける等、兄に対する想いは変わっていない様子がうかがえる。

だが実弥は弟のことを恨んでいたわけでも、憎んでいたわけでもなかった。むしろ「どこかで所帯を持って家族をたくさん作って爺になるまで生きて、母親や弟や妹の分も幸せになって欲しい」とさえ思っていたのだ。彼が兄のことを慕い続けていたように、兄もまた玄弥の身を案じ続けていた。むしろ大事に想っていたからこそ、弟を自分たちから遠ざけようとしていたのだ。

彼が自ら断ち切ったと思われていた兄弟の絆は、形は変われど確かに二人を結び続けていたのだ。

前にも述べたが、玄弥の戦う理由や目的はおおよそ彼自身の『過去』に起因している。それだけなら他のキャラと変わらない、というか当たり前の話ではある。だが彼の場合、その傾向が顕著だ。「過去に罵倒した兄に謝りたい」という理由でここまで来たという生き方は、鬼滅のキャラクターの中でも際立って異端に感じる。ただしそれは彼が人として、戦士として劣っているというわけでは決してない。

鬼滅の刃という作品が持つ重要なテーマのひとつに「つながる、引き継ぐ、受け継ぐ」というものがある。人間だから、弱いから、時の中で老いてゆき、斬られれば死に、最後は無常に散りゆくものだから、己の中にあるものを次の世代に託していく。彼らが相対する鬼…すなわち鬼舞辻無惨にはその価値観がない。仲間意識や情愛といったものはほとんど持ち合わせてはおらず、永きを生きてきた超越者として、自身が唯一無二で在ろうとする執念に満ち溢れている。自分以外の何者かに未来を託そうという気持ちなど持ち合わせるはずもない。その信念の有無が、人間と鬼とを分ける決定的な違いとして描かれることが多くみられる。

その視点から見れば、玄弥は確かに自身の過去に囚われてはいたが、それでも兄や仲間のため、未来を先に「つなげる」ために戦うことをやめなかった。たとえ呼吸が使えず「鬼」の力に頼ることになろうとも、表向きとはいえ兄に突き放されることになろうとも、自分の師や仲間を守るために最後まで戦い続けた。自分以外の誰かの幸せのために命を懸けた彼の姿は、確かに自分の命を未来につなげようとする人間の在り方だったといえるだろう。

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